東 學 (アズマ ガク)

    エロティックな日本の女性美の世界を描く現代の浮世絵師。


    アピールポイント

     

    艶っぽい女人しか描かない平成の浮世絵師、東 學(あずまがく)。絵のなかの女たちが匂いたつように放つ純粋な美しさと荒ぶれた情欲。その歪なバランスこそが、東學のクリエイティビティである。東 學にとって“女”とは “美”そのものであり、生き様でもある。 近年、なまめかしい遊郭の遊女たちを描いた絢爛豪華な墨画集「天妖」が発売。
    大阪万華鏡(大阪21世紀協会HP) 

     

    プロフィール

     

    1963年、京都生まれ。大阪ミナミ在住の絵師・アートディレクター。父は扇絵師・東笙蒼。幼い頃から絵筆に親しむ。10代の頃に米国留学。留学時代に描いた『フランス人形』はニューヨークのメトロポリタン美術館に永久保。20才よりグラフィックデザイナー・アートディレクターとしての頭角を現す。1997年、劇団維新派を率いる松本雄吉にアートワークを認められ、宣伝美術を任される。以後、アングラから古典芸能、現代演劇やクラシック音楽まで数々のポスタービジュアルを手がける。一方、現代絵師としての活動も注目を集める。2004年、N.Y.の日本料理店からの依頼で墨画「天妖廓・花魁シリーズ」を制作。2005年画家・鉄秀とのコラボレーションによる大型作品『麒舞羅』で大阪市長賞受賞。2007年12月、初の墨画集「天妖」(PARCO出版)を刊行。  

     

    右写真:2008年、PARCO出版より「ぼくらは簡単な言葉で出来ている」
    (ことば:村上美香・写真:西真智子・アートディレクション:東学)出版

     

    インタビュー

     

     

    作務衣に雪駄のいなせな風情で、大阪ミナミの艶町に生息し、艶っぽい女人しか描かない絵師、東 學(あずまがく)。なまめかしい遊郭の遊女たちを描いた絢爛豪華な墨画集「天妖」と同タイトルの墨画展が、今回大阪で開催される。「天妖」、それは昇天する聖なる天女と妖婦のあいだ。清らかなまでに艶やかな美しさをたたえながら、その裏には毒を吹くような妖婦の顔。心の衣をはらりはらりと一枚ずつ剥ぎ取るように、女の心の奥底に秘められた歪(いびつ)な佇まいを暴きだし、描いていく絵師の執拗な眼ざし。その眼ざしのエロティシズムこそ、東 學が“平成の浮世絵師”と呼ばれるゆえんである。
    「女は宇宙。女しか描きたくない。やっぱりきれいなものが好きなんでしょうね、ドロっとした部分も含めてね」。絵のなかの女たちが匂いたつように放つ、純粋な美しさと荒ぶれた情欲、そしてその歪なバランス。それは、おそらく東學のクリエイティビティそのものでもある。東 學にとって“女”とは “美”そのものであり、我が身の生き様でもあるのだ。

     

     

     東 學の遊郭シリーズの遊女たちには、倒錯的エロティシズムが潜む。そもそもこのシリーズは、インテリアデザイナーの森田恭通氏がプロデュースしたニューヨークのジャパニーズ・レストラン「MEGU」の装飾画の制作から生まれた。それまで東 學の絵のモチーフと言えば、女性の裸体。しかしニューヨークでは社会的に女性の人権問題に対するモラルが厳しく、公の場で女性の裸は御法度だ。ところが逆にそうした表現上の “縛り”から、ギリギリまで肌を隠すことで妖艶美を表現する倒錯的エロティシズムが生まれた。肩からはらりと着物をずらし、肌をはだけて誘い魅せる。隠すほどに、秘するほどに、かえって妖艶さが浮き彫りになる。「まさに日本的エロやね」。表現の制約と言う逆境から、新たな美の境地を花咲かせた絵師は、したり顔で静かに笑みを浮かべる。
    まして彼女たちには眉もなければ、瞳の色もない。あえて描かないことで、この世のものとは思えぬ妖艶さを醸しだす。まさに“秘すれば花”のマイナスの美学、日本的エロティシズムの真骨頂である。

     

     

    さらに遊郭シリーズの恩恵はそれだけではなかった。東 學は、この遊郭シリーズでは裸を隠し、着物を描くことで、着物の柄である“花”の命を描く才を大きく開花させた。それまで東 學にとって“花”は鬼門だった。そこには扇子の絵師として名を成した父・東笙蒼の存在が立ちはだかっていた。「親父は花しか描かなかったし、おれは女しか描かなかった。女ではおれが勝っていたが、花では親父にかなわない。親父越えするにはどうすればいいか、ずっと考えていた。そんなある日『考えてみれば、花は性器そのもの。描いている本質は、おれも親父も同じちゃうかな・・・』と、気がついた。それ以来、親父の呪縛がとけて花が描けるようになった」そう東学は語る。花は性器であり女である。そして女もまた花である。だからこそ東 學の描く花には、むせかえるほどの色香が漂う。 

     

     

    東 學の絵の道は極めてストイックである。「絵を描くときはカンペキにM。自分で縛りをかけてんねん(笑)。着物の柄ひとつにしても、ここまで緻密に描くんやから。そういうマゾヒスティックな職人的修行は必要。絵の上達は日々の鍛錬や。10年前に今の絵が描けたかと言えば描けなかった。ずっと描き続けていたから今の絵が描ける。積み重ねの結果やね」。たとえば長い絵巻なら、描き始めと描き終わりで、一段上手くなっている。ひと筆ごとに、“転がりつづけている感覚”、上達している手応えがあると言う。「たとえ天才でも修行なくして絵は描けへん。俗に言う1%の才能と99%の汗や」。なるほど、好きこそものの上手なれ、鬼才は一日にして成らず、である。 

     

     

    東 學はグラフィックデザイナーでもある。絵師とデザイナー、その住み分けはどうなっているのか。「デザイナーは仕事。絵は、おれの聖域。でもデザインの仕事をしていると勉強にもなる。絵だけ描いているより刺激があってインプットも多い。たとえばデザインのレイアウトの技法が絵の構図に生かされる。逆に絵心があるからデザインも人とは違う色が出せる。無限やね」。デザインで学び、絵で遊ぶ。そしてまたデザインを格上げして、絵で昇華する。絵とデザイン、その双方がふたつの遺伝子のように螺旋のごとく絡みあい、東 學のクリエイティビティは無限に磨かれていく。 

     

     

    現在、東 學の手がけるデザインの仕事のほとんどは演劇の宣伝美術だ。今でこそ、演劇の世界で“東 學”と言えばネームバリューがある。しかし当初、演劇の宣伝美術の仕事は経済的にはなかなか成り立たなかった。それでも「いい宣伝美術を作って、ひとりでも多くの人にいい芝居を観てもらうことで、大阪の文化レベルを上げたい」そんな思いで情熱的に取り組んできた。今や若い頃からいっしょにやってきた役者たちがメジャーになり、「學ちゃん、やってよ」と大きな舞台の宣伝美術に東 學を指名する。生瀬勝久、古田新太、佐々木蔵之介、中村橋之助、笑福亭鶴瓶、羽野晶紀…。そうそうたる顔ぶれが並ぶ。しかも演劇の宣伝美術界で名を成した今も、大阪の劇団の仕事はやめない。「大阪の文化レベルを上げるためにも絶対にやり続けますよ」頑ななまでに変わらぬその情熱こそ、東學が東 學たるゆえんである。 

     

     

    東 學のクリエイティビティには、日本の美の魂が宿る。「DNAがどうしようもなく日本人。見るものすべて侘び寂びに惚れてしまう。歌舞伎の様式美を見た時に、自分の中の日本人のDNAが顔を出したなと思った」。扇子絵師の父の仕事を見て育ったこともあるが、十代の頃、アメリカに留学したおかげで、あらためて日本の美に目覚めた。若い頃から日本の美に遺伝子レベルで惚れこんだことが、その後の東 學にとって大きな財産となった。
    東 學は、日本美術の伝統的モチーフを “エロティックな女性美”に転化する手法で、新たな美の世界へと昇華させていく。遊郭シリーズの後、妖怪シリーズを描き、神仏シリーズに入った。まずは神仏の一番下の位の風神雷神から描き、今やSM女王の姿をした四天王に精力的に取り組んでいる。いずれ修行を積んで、70歳で釈迦如来を描く。それが今の東 學のビジョンである。

     

    大阪万華鏡(大阪21世紀協会HP)より抜粋
     
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