高橋 善丸(タカハシ ヨシマル)

    日本人の精神性に宿るファジーな美意識をビジュアル表現。


    アピールポイント

     

    日本人の美意識のDNAに潜む美意識を“ファジー(曖昧な)コミュニケーション”とし、タイポグラフィやデザインでビジュアル表現。“風化”“肌合”“結界”“平面”“野趣”“見立”“朧・妙”“混在”などのキーワードから、日本人の美意識を理論的に体系化。世界に通じる日本のグラフィックデザインの新境地を追求する。また骨董の収集家でもあり、とくに富山出身ということもあり売薬美術には造詣が深い。
     
     

     

    プロフィール

     

    「グラフィックデザインはそれ自体、時代を語る文化である」ということを表現の礎に、湿度ある視覚コミュニケーション表現を探求。国内外で企画展、講演、審査員などに積極的に取り組み、デザインと文化とのかかわりを大切にしている。
    富山県生まれ。おもな受賞に、ニューヨークADC銀賞、特別賞、ニューヨークフェスティバル銅賞、アジアグラフィックアワード審査員賞、トヤマ、ブルノ、ラハティ、ユネスコ、北京、香港ほか大賞多数。おもな著書に「曖昧なコミュニケーション」ハンブルク美術工芸博物館、「高橋善丸設計世界3巻」広西美術出版社、「お薬グラフィティ」光琳社出版ほか。大阪芸術大学大学院客員教授。株式会社広告丸主宰。日本グラフィックデザイナー協会、日本タイポグラフィ協会、東京タイポディレクターズクラブ、NEWYORK Type Directors Crub各会員。

     

    インタビュー

     

     

    しんと静寂をたたえた幽玄の佇まい、しっとりとそぼ濡れた湿度あるしつらえ、時とともに移ろいゆくはかなさ、朽ちることさえ慈しむ侘び寂びの美学、文字にすら情感をしのばせて伝えるたおやかで繊細な感性、多くを語らず間接的な表現で相手の想像に委ねる手法…。高橋善丸のグラフィックデザインには、日本の文化の根底に流れる普遍的な美意識が宿る。しかし、それは決して使い古されたステレオタイプの和の表現の焼回しではない。いにしえから脈々と受け継がれてきた美意識を現代社会の空気にそっと触れさせ、今様に組み換え、昇華させたあたらしい日本の表現作法である。そこには、私たち日本人の遺伝子のなかに眠るアイデンティティをそっと揺り覚ますメッセージが込められている。そして一見、静寂な美しさと強い意志をたたえた高橋のデザインには、つねに普遍的な美を求め、己の表現を貫きつづけるひとりのクリエイターの覚悟とともに、創造の苦悩と葛藤が見え隠れする。

     

     

    高橋は、自身のデザイン観を「FUZZY COMMUNCATION  曖昧なコミュニケーション」という言葉で語る。
    彼の持論はこうだ。デザインにもっとも大切なのはコミュニケーションである。しかし伝える側、伝わる対象の互いの文化や価値観によって伝わり方は変わる。ならば、まず自分のアイデンティティを知ることこそコミュニケーションの基本。そこで彼は、日本人としての自分自身の根底に流れる文化のアイデンティティ、美意識をできるかぎり客観的に探り、体系的に把握する作業を試みた。
     そうして行き着いたのが8つのキーワードだ。すなわち、モノとのふれあいの質感を大切にする「肌合い」。モノが朽ちていく過程にすら美を見出す「風化」。生活の中に自然を取り入れる「野趣」。あるモノを本来の目的以外の自然物に見立てる「見立」。アニメや漫画など二次元のものを三次元的に空想する「平面」。暖簾や簾など、壁がなくても意識だけで境界をつくる「結界」。おぼろげな風景に抒情を感じる「朧・妙」。雑多なモノを取り入れて全体でバランスを取る「混在」。
     さらにこれらを「質感」「空間」「情感」という3つのジャンルに分類し、重ねあわせた時、その中に「FUZZY 曖昧」という概念を見出した。ストレートに表現しないことこそ美しいと感じる。受け手側の想像にゆだねることで、かえって深いディテールを想起させる。それが「FUZZY COMMUNCATION  曖昧なコミュニケーション」の妙である。

     


     

     

     高橋善丸のデザインは、“捨てる”デザインでもある。
    彼がこれまで歩んできた表現の進化のプロセスは、過去の自身の強みをあえて捨て、“自己否定”することで新しい手法を生みだしていく自虐的なクリエイティビティでもある。
    かつて高橋のデザインは、能や狂言などの古典芸能をはじめ、日本の古典的モチーフを多用していたことから、典型的な“和風”“日本の伝統的”デザインと評さる向きが強かった。しかし高橋自身はそうしたステレオタイプの評価を良しとしなかった。彼が真に求めつづけているものは、そうした表層レベルにはなかった。だからこそ彼はさらに深く掘り下げた表現を獲得するために、あえて日本の古典的モチーフを使うことを封印した。過去の自分自身の評価を定めたシンボリックなビジュアルを意識的に捨て去ったのだ。
    代わりに彼が手にしたものは、土や木や石といった日本の風土や生活、文化を物語る自然素材のもつ深い表情“質感”だった。日本の古典的モチーフを直接使うのではなく、“質感”による間接的な表現を用いたのだ。
     また一時期はインターナショナルな表現を求めて、日本的なテイストすら捨て去り、意識的にアバンギャルドな欧米スタイルに傾倒した時期もあった。しかし、インターナショナルであるということは、かつては西洋化を意味したものの、世界がリアルタイムに情報発信する現代にあっては、むしろ独自の文化のアイデンティティを掘り下げ、発信することであることに気づいた。そこで、もう一度原点に立ち返り、日本文化のアイデンティティを追求しはじめた。オリジナリティを求めて、再び高橋の葛藤は始まった。
     そして、2008年末に発表した「EMOTIONAL TYPOGRAPHY 情感のあるタイポグラフィー」では、自然素材の質感すら捨て去り、フラットな質感の「平面」、文字を雨だれに「見立」る手法で、みごとに文字という記号をもって豊かな情感を表現してみせた。この一連の作品こそ、まさにグラフィックデザインの“平面”のおもしろさをアニメや漫画文化に通じる手法で表現した傑作といっていいだろう。己の武器であった日本の伝統的モチーフを捨て、持ち味であった自然素材の質感すら捨て、直接的な表現をすべて封印することで、獲得した、「FUZZY COMMUNCATION  曖昧なコミュニケーション」の真骨頂である。

     

    「EMOTIONAL TYPOGRAPHY 情感のあるタイポグラフィー」活字の合理性を活かしながら、表情や情感を伝えることをテーマに文字を雨だれに見立てたフォント。雨の表情や質感を、線を強調することで、小雨から土砂降りまで表現。